会社沿革HISTORY

会社沿革HISTORY

岩崎建設株式会社は明治元年に創業。さまざまな困難を乗り越え多くのお客様に恵まれ、150年以上の歴史を紡いできました。その歴史を紹介いたします。

創業より百年のあゆみ(明治元年~昭和42年)

草創期

岩崎組初代岩崎甚平が博多商会倉庫の新築工事を請け負う。この時をもって創業と定める。

明治元年(1868)

「岩崎組」の発展と飛躍

初代甚平時代に確固たる地盤が築かれた岩崎組は、二代目庄三郎時代に入るとともに、業績は拡大強化。

明治7年初代岩崎甚平他界。甚平の実弟庄三郎が二代目となる。西南戦争のあと、福岡県、逓信省、大蔵省、九州鉄道管理局、九州帝国大学などの各官公庁や地方自治体、民間大手などからの注文が殺到。

聖福寺山門

新築や改修工事などが行われた。工事現場は九州各地から中国地方、海外にまで拡がり、明治30年頃になると陸軍省、文部省、大蔵省など、各本省の指名を受けることになるなど、飛躍時代を迎えた。

熊本県地方裁判所公舎(工期:明治40年5月~41年12月)

明治7年(1874)

福岡県第一公会堂貴賓館

明治43年に開催された「第13回九州沖縄8県連合共進会」の貴賓館として建設された。その後、県公会堂貴賓館となり最後は県教育庁庁舎として使用された。大正時代にはアインシュタインと石原純による原子物理学の講演会が行われ、昭和59年には国の重要文化財の指定を受けている。

明治42年(1909)1月~43年6月

聖福寺山門

聖福寺は建久6年(1195年)臨済宗開祖の栄西によって日本初の禅寺として創建される。明治44年当社にて山門を新築。昭和44年聖福寺境内全部が国の史跡に指定される。寺社建築ではこの他に明治34年多福庵山門、同45年崇福寺本堂、大正2年櫛田神社北の門、佐世保八幡神社、同3年筥崎八幡宮拝殿修理、同楼門修理、同7年青島神社、同崇福寺庫裡、同13年淡島神社新築など多彩な工事を手掛ける。

明治44年(1911)9月~11月

三代目 岩崎元次郎 承継

明治45年(1912)

合名会社岩崎組に組織変更

大正2年(1913)8月

福岡県庁舎

岩崎組が施工した建造物のうち一般大衆に最も親しまれたものが2代目の福岡県庁舎である。この建物は煉瓦造二階建地下室付、一部三階建てで、表・裏玄関廻りは花崗石を仕上げに貼り付け、円柱はムクの花崗石を使用。工期は明治45年1月から大正3年12月まで丸三年を要した。 福岡における明治後期から大正初期における代表的建築物であった。

鹿児島県庁舎

福岡県庁舎の他に、同じく県庁舎として鹿児島県庁舎を新築し、同時期に県会議事堂も施工した。これは「鉄筋コンクリート煉瓦造り3階建て」であった。福岡県庁を建築してから十数年後、進化した新しい技法が注入された。

明治45年(1912)1月~大正3年12月

博多商業会議所

東中州の大火により、西中洲に博多商業会議所を再建。鉄筋コンクリート造り3階建てで地下室もあり、大正期を代表する近代建築であった。昭和3年新法に基づき、博多商工会議所となり、昭和21年、新世福岡商工会議所となる。本建物は昭和45年までの47年の歳月にわたり利用された。

大正12年(1923)12月~13年9月

九州帝国大学法文学部

九州帝国大学法文学部

明治35年9月から翌36年1月にかけて文部省発注による「京都帝国大学福岡医科大学、生理学、病理学、医化学、解剖学教室工事」が行われる。福岡で大学が初めて出来たのがこの時期であり、この後九州帝国大学医学部、工学部、農学部、法文学部の講堂、教室などの大工事を相次いで請け負うこととなる。法文学部の開校は大正14年4月。岩崎組は法文学部、本館新築及び、周囲道路工事を請け負った。

九州帝国大学医学部付属医院第一外科教室

大正13年(1924)4月~14年2月

昭和の時代

東亜勧業博覧会本部

昭和に入り、当社技術陣も時代の進歩とともに前進。鉄筋コンクリート造りの近代様式建築を多く手掛けることとなる。主な建築物としては東亜勧業博覧会本部、鹿児島県立図書館、熊本逓信局局舎、大日本武徳会福岡県支部武徳殿などがある。

昭和16年(1941)11月15日に株式会社岩崎組に組織変更。四代目岩崎茂成社長就任。終戦後、混乱の時代に岩崎茂成は有楽映画劇場の建築を計画した。映画という娯楽によって人々の心を癒す想いがあった。これは福岡県の「復興工事許可第一号」となり、昭和21年に完成した。その後高度成長期に入ると地域とともに歩み、発展を遂げていく。

東亜勧業博覧会本部

昭和2年3月25日から5月23日まで、現在の大濠公園一帯で東亜勧業博覧祭が開かれた。この博覧祭の中枢となる本館の新築を施工。美しい白亜の外観が大濠の水面に映し出され、観覧者に大変喜ばれた。

大正15年(1926)10月~昭和2年3月

大日本武徳会福岡県支部武徳殿

鉄骨鉄筋コンクリート2階建御殿造、建物面積889m²は、当時の道場としては日本一と言われた。

昭和3年(1928)9月~昭和4年5月

資本金1万5千円にて株式会社岩崎組に組織変更

四代目岩崎茂成社長就任。福岡市片土居町41番地十五ビルに事務所移転。

昭和16年(1941)11月

戦後の有楽映画劇場

大正12年、東中洲に友楽館を建築し岩崎組が経営していたが、昭和20年の福岡大空襲で焼失。戦後混乱期に心を癒す糧として、昭和21年に有楽映画劇場を完成させた。

昭和21年(1946)

資本金300万円にて岩崎建設株式会社に組織変更

昭和30年(1955)8月

岩崎建設百年史

昭和42年創業100周年を迎え創業100年祭を挙行し「岩崎建設百年史」発行。編纂された百年史は正に博多の歴史とも言える内容で、関係方面はもとより、社員の出身学校などにも贈呈された。 

昭和42年(1967)

昭和後期の主な施工実績

最近50年のあゆみ(昭和43年~現在)

昭和43年 12月 資本金 2,000万円に増資
昭和44年 12月 資本金 3,000万円に増資
昭和46年 10月 資本金 4,000万円に増資
昭和47年 11月 資本金 5,000万円に増資
昭和52年 1月 須恵工作所開設
昭和52年 2月 現社屋に本社移転
昭和52年 11月 創業110周年記念祝賀会開催 「岩崎建設百拾年史」発行
昭和63年 3月 五代目岩崎成敏社長就任
平成10年 5月 「岩崎建設百参拾年史」発行
平成24年 3月 ISO14001認証取得 ISO9001認証取得
平成25年 4月 ISO18001認証取得
平成29年 創業150周年を迎え創業150年記念祝賀会開催
平成30年 「岩崎建設百五拾年史」発行

主な受賞歴

年度 発注者 工事件名 受賞内容
平成22年度九州地方整備局九州管区警察局千早宿舎(20)建築改修工事優良施工業者 局長表彰
平成22年度九州地方整備局福岡3号脇田地区改良優良施工業者 事務所長表彰
平成23年度北九州市砂津城内1号線舗装補修工事(2工区)工事成績優秀業者表彰
平成24年度九州地方整備局福岡3号香椎駅東
橋下部工(下り線A1・P1)外工事
優良施工業者 事務所長表彰
平成25年度九州地方整備局門司港湾合同庁舎(23-2)建築改修その他工事優良施工業者 局長表彰
平成26年度九州地方整備局福岡201号糸飛大橋外7橋橋梁補修工事優良施工業者 局長表彰
平成27年度福岡市改良住宅(須崎裏住宅)新築工事工事成績優良業者表彰
平成27年度福岡北九州高速道路公社香椎浜~名島橋脚補修工事(25-2) 優良工事 理事長表彰
平成27年度九州地方整備局営繕部西福岡税務署(25)建築改修その他工事優良施工業者 保全指導・監督室長表彰
平成27年度九州地方整備局福岡2号門司地区上り電線共同溝工事優良施工業者 局長表彰
平成29年度福岡市伊都土地区画整理事業地内小学校北棟新築工事工事成績優良業者表彰
平成30年度九州地方整備局福岡3号東比恵(2)地区無電柱化6工区工事優良施工業者 事務所長表彰